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[TITAN SADDLE ]チタン・サドルについて
薫煙(くんえん)乾燥処理に関して
[ TITAN SADDLE ]チタン・サドルについて
 最近、K.T.S 社から発売されております「チタン製サドル」が、ちまたでも評判の様子です。
 私がチタンと聞いて想い出すのは以前(1980年当時)「女神工房」と言う楽器の研究工房を渋谷の恵比寿に構えていたころのことです。ストラトキャスターのスチール製プレス・サドルには数々の問題があり、とにかく錆びやすく弦の圧力でサドルトップに弦の溝が入ってしまい弦切れが起こりやすく、その腐食の影響で特に細い09ゲージの1弦がクリアーなトーンが出なくなってしまうのです。特にスチールの硬度が低くメッキももろい国産製やローコスト製品のサドルたるや、1年も弾き込んだらボロボロになってしまうケースが多かったのです。そこでその当時、私が注目したのは「チタンメッキ」でした。世間でも極一部(NASAや航空機パーツ)にしか使用されていなかった超!高級素材がチタンでしたので、せめてスチール・サドルをチタンメッキで覆うことで腐食に強いサドルを作ろうと言うのが目的でした。色々研究してみるとチタン・メッキと言うのは面白い特性があって、今や記憶は定かではありませんが確かメッキ処理の際に100度ごとにメッキの色が変化すると言うことでした。確か1000度くらいまで、白っぽい色やら青っぽい色、ピンクや紫系など鮮やかに温度で色が変化したのを覚えています。現在でもメガネのフレームなどにチタンメッキ処理と思われるカラーリング・メッキが施された製品を見かけます。
 ところが鮮やかに色の変化を与えることが可能なのはいいのですが、当時そのチタンメッキ処理は専用のあまり大きくないサイズのポット(壺みたいなもの)に納めてメッキ処理加工を行うのですが、その1回の処理で見積もり請求された金額がなんと今から20年以上前で、20万円!でした。絶句・・しましたね。
結局、あまりに高額なのでチタンは諦めた、そんな想い出が私にはあります。
 
 しかし、今回ご紹介致します、K.T.S 社製のチタンサドルはメッキではありません。サドルそのものがオールチタンなのです。これは製品化しただけでも評価に値することです。(なぜなら製品化にあたりメーカーさんにはかなりのご苦労があったことと想像がつくからです)
 採用するかどうかのチェックではtmpのストラトのスチールサドルをはずし、K.T.S 社製のチタンサドルの10.8ミリピッチの物を取り付けてサウンドチェックを行いました。サークルフレッティングの考案者の私が製作する楽器は全てサークルフレッティング仕様の楽器ですから、これまではストラトのトレモロ本体のサドルピッチは11.3ミリで、そのサドルのネック側の幅を切削加工で狭めて弦を張った時にサドル全体が扇状に並ぶようにその都度加工をしておりましたが、チタンサドルをあえて10.8ミリを使用することで11.3ミリピッチの台座ベースにセットされたチタンサドルは弦を張るとキレイに扇状に並ぶのです。
 錆や腐食に強いチタンですから、楽器のパーツとしての判断ポイントは音質・音色・定位感です。その点だけに重点をおいてチェックした結果、高硬度スチールほど音の指向性は強くなく広角なレンジ感を備え、チタン独自の弾力感も感じます。そして音のコア位置(音の核、音の芯の定位位置)はスチールが胸の高さとするならチタンはヘソの位置まで降りてきています。これは非常にきわどいキャラクターと言えるものでして、もう少しこの音に弾性が加わったら、低域が出ている分、甘い音に感じてストレートな高硬度スチールの指向性の強い音色が欲しくなるのですが、このサドルは適度な弾性に収まりつつ音のコア定位が低いことで重量感が出ている為に従来のサドルでは得られなかったコシがある低域がアウトプット可能なのです。勿論、あくまで楽器本体がダイナミクスがあるしっかりした鳴りの楽器にセットした場合での話で、楽器本体の設定がいい加減な楽器にセットした場合については論外です。
以上、今回のストラト用のサドルが1セット¥12.000と言う価格設定ですが、内容からすれば決して高い買い物ではありません。高硬度スチール(実際には殆どのサドルは高硬度ではなく、もっと低い硬度です)のサドル以上の耐久性、安定性が得られ、更に従来のミッドレンジ主体からミッドロー・レンジにまでレンジ拡張が得られるサドルがこの値段で入手出来ると言うことです。
 近来発表されたパーツ・アイテムの中で数少ないtmpのお奨め製品であり、tmpの2004年製のストラトモデルには K.T.S 社製チタンサドルが標準装着されます。 
 最後に 、この製品化をされた[K.T.S 社]さんに技術者として敬意を表します。
                          2004. 3/23 tmp T.Matsushita
薫煙(くんえん)乾燥処理に関して
 tmpの楽器製作上の独自な特色に、CFS(サークルフレッティングシステム)以外に薫煙効果による木部の乾燥処理技術が挙げられます。
 従来の楽器用材には主に天然乾燥や強制乾燥よる処理が施されておりますが、それが理想的なレベルにあるのかと申しますと、家屋などの建材には充分な乾燥レベルですが、音楽を奏でる楽器の材と致しましては、高級楽器用の材であっても理想的レベルには至っていないと言わざるを得ません。その要因とは基本的に従来の木材乾燥処理だけでは材の含有水分が一定のレベル以下にはならないためです。
 専門的な用語で申しますと含水率と言われる比率で表されるものですが、材と、それに含まれ水分の重さの比率を示すもので、日本国内では15〜20%、欧米諸国でも12%以下には含水率は下がりません。ただ強制的に乾燥処理を施して一時的にその数値を通常含水率以下に下げても、結局その後外気に触れた時点で先に挙げた数値に逆戻りし始め、その時に木は「割れ」や「ねじれ」「反り」などの動きを生じてしまいます。
写真はオランダ在住のリコーダー製作家からの依頼で燻煙処理されたリコーダーです。材種は、黒檀、メイプル、ツゲ、プラムウッドなど数種。製作されたばかりのものと既に演奏家の手に渡り数年経たものなど様々です。
弦楽器の様な物理振動ではなく、ほぼ空気振動のみのリコーダーですら明らかにレスポンスと倍音情報が増え音も太くなったと喜びの報告を制作者より頂いております。
 実際楽器を所有された方であれば気候や環境変化で楽器のコンディションが驚くほど変化する事はご存知かと思われます。これらは全て木が生きている事の証であると同時に従来の乾燥処理だけでは不十分であることを示しています。
 なぜなら、楽器のコンディションが絶えず変化すると言うことは、演奏するプレイヤーに取りましては楽器自体が絶えず音色や音質変化を起こし、またトラブルの原因としても悩ませれ続けているからです。
 そこで私は材の乾燥処理自体を根本から見直し、どうすれば環境変化に対して材の変化を最小に留め一定のコンディションをキープ出来るような材特性を付加出来るのか、それを目的として数々の実験を行うことで、今から16年程前にあるひとつの結論に達しました。それが木材の煙で木を燻(いぶ)して行う薫煙乾燥でした。
 ただここで私が申すところの薫煙処理とは、既に通常乾燥レベルにある楽器用木材を、ある特定の材を特定の条件下で燃焼させた時に出る煙で燻す事を示します。
ただ単に煙で燻しても、正しい効果が得られないだけでなく最悪の場合木材そのものを楽器に使用出来ない状態にしてしまいます。
 実際tmpで行っている薫煙処理は薫煙庫内の温度や煙の循環と流入空気量、その他燃焼させる木材と煙の量など、長時間デリケートなコンディションキープが要求され、そのノウハウの蓄積には長い時間を要しました。さらに薫煙処理中は長時間その場にほぼ付きっ切りとなるため、かなりの労力でもあります。その時間は最短処理であっても一回8時間に及びます。ましてや現在tmpには、エレクトリックギター、ベース、そしてアコースティックギターに加えて、チェロやコントラバスに至るまで薫煙処理の依頼が来ておりますのでノウハウや体力だけでなく相当気も使います。しかし、その効果はある種、驚くべきものです。それは薫煙された材が処理前と比較してまさに理想的な材質変化をするからに他なりません。

 では燻煙処理を行うといったいどんな変化かが起こるのかをご説明申し上げます。

まず、適切な薫煙処理を施した材は木材強度が確実に向上致します。私の長年の勘で申しますと強度は通常の強度にプラス15〜20%前後でしょうか、これはかなりの違いと言えます。そして処理後は湿気などの影響を受けにくくなり、反りや割れ、そしてねじれなどの材自体の変化が最小限に留まります。勿論、この点は薫煙処理内容でその効果度合いは異なります。
 その変化が起こる要因は理屈的には煙の成分と木材中の成分の結合による変化がもたらす効果ですが、特に木材のセルロース成分の硬化が強度アップや割れやねじれ防止に大きく影響を及ぼしている様に私は感じます。またその他に煙には殺菌効果や防腐効果もあります。
 更に、こと楽器に関して重要なのは通常の場合、乾燥が進むと木材の細胞内の空洞中に残っている水分が抜けて行くことで乾燥が進行する訳ですが、この時に何度も説明申し上げたように木は動きます。材質や木目、木取りや加工法により、その変化は様々ですが、適切な薫煙処理で乾燥させた場合だけは木が割れたり反ったりせずにそのままの状態で乾燥させることが可能なのです。この点が強度アップと並ぶ薫煙効果の大きな魅力です。

 私はこの点に大いに注目して理想的な楽器用ネック作成に応用致しております。

 それはどのような方法かと申しますと、例えばベースなど弦の張力負荷が大きいネックを目一杯加工精度を出して生地仕上げ行い、その状態から少しだけ逆ゾリ(反り返った状態)で薫煙処理致しますと、トラスロッドなどの補強や補正に頼らなくてもネックの材自体が弦の張力にりっぱに耐えてくれるのです。例えば通常のベースネックは強制的にトラスロッド補正で弦の張力に耐えている為、実際には木自体が張力に耐えている訳ではないので木自体は緊張しておらず、強度も低くねじれや波うち状態が起こり易くレスポンスも良くありません。しかし薫煙処理で逆ゾリ気味に作成されたネックは、弦の張力に木そのものが耐えて踏ん張ってくれますので、木が緊張した状態で弦の張力に対抗してますので非常に音が力強く太い上、弦振動に対するレスポンスは抜群なものとなります。
 また古典楽器やアコースティック系の楽器の材は絶えず弦から圧力を与えられ、それに耐えながら振動反応をしている訳ですが、その材が経年変化と共に形状変化を起こすために数々のトラブルや音質劣化を生み出す訳です。その点でも木そのものの強度を高め、湿度変化に強いなどの燻煙乾燥効果は楽器の持つクオリティ保持にも重要な役割を長年に渡ってもたらせる事が可能なのです。
 更に燻煙乾燥の素晴らしさを象徴するデータが私の資料にはあります。

 私はこの燻煙乾燥以外にも「CFS/サークルフレッティングシステム」という画期的なフレッティングシステムも考案いたしており、その効果を立証するために、既に音楽の世界で定番になっているいくつかのエレクトリックギターの各モデルに、そのCFSを導入して作成いたしました。
 勿論CFS仕様である点以外は通常の定番モデルと何ら変わりませんし、使用した材も高級品に採用されている材と同質であり、充分な乾燥レベル(通常規格に於て)にある材です。その生地加工状態の材を燻煙乾燥処理を行う前に一本一本の重量を全て計量しておき燻煙後に再び計量しなおしました。
 その結果、充分な乾燥レベルにあるモデルが全て燻煙前と比較して、それぞれ自重の5%から最大で9%も軽くなっているのです。またレスポールモデルの名で長年ミュージシャンから支持を受け続けているエレキギターを燻煙した時のデータでは、未塗装の生地状態での計量時に3.9kgでしたが処理後は3.5kgになっておりました。
 これは全体の10%に相当する重量変化で、およそコップ半分の水の重さに当たる変化があったと言うことです。通常、数日間でこんなに水分が抜けたらその木材は反りや割れなどのトラブルを起こして材自体がそのままでは使い物にならなくなってしまうのですが、燻煙乾燥後にそれらの材にはまったくトラブルと言える変化は見受けられません。それどころか処理前は叩くと「コンコン」と鳴っていた材が「コーンコーン」と響きが明らかに向上しています。
また、ある時依頼を受けて弾き込まれたコントラバスの駒だけを燻煙処理致しましたが、その時も処理前に90gあったのが、燻煙処理後85gになっておりました。これはおよそ全体の5%に当たる重さ分の水分変化があった事を示します。処理後は軽いだけでなく強度も向上し、湿気の影響を受けにくい材にと変化しておりますので、その後の音質的な効果も素晴らしいものです。ですから少なくとも私や私に燻煙処理を依頼を下さる製作家やその楽器を演奏するミュージシャンにとりましては、「理想的な木材乾燥」効果なのです。
 しかしながら、その効果を確実に得る為にこれまで数々の試行錯誤があったことは事実です。実際何本もの楽器を使い物にならなくしてしまいました。
しかしそれらの失敗が与えてくれたデータこそが、わたくし独自の燻煙乾燥処理を可能にしてくれたのです。
 このような数々のメリットが得られる薫煙処理なのですが、実はこの薫煙を思いついたのにはある大きなヒントがありました。それは、あのバイオリンの銘器「ストラディバリウス」です。
 未だに謎とされている彼の製作したバイオリンだけが備えるサウンドの秘密。それは彼の楽器は製作当初から音に優れ、現代に至るまでの長い間、力強さと色つやを失わない点にあります。ではなぜ彼だけが最初から今日に至るまで最高峰と賞されるバイオリンを製作出来たのでしょうか?
 その点について多くの研究者達は研究結果をこう結論付けした様です。「ストラディバリのバイオリンが他の製作家のバイオリンと一点だけ明らかに異なる点がある、それはニスである」と。
 私も楽器の設計製作家の端くれとしてこの意見を耳にして感じたのは、塗られていたニスに多少の差こそあれ、主成分や塗膜厚が他と変わっていない以上、ニスだけでそれほどの評価の差は絶対に生まれない、と言う事でした。何かもっと他に明らかな違いがなければ、改良に改良を重ね、更に模倣に模倣を重ねられてきた古典楽器の世界でニスだけの違いでそれほどの差は生み出せません。これは未だに変わらない見解です。断言出来ます。(でもこれはあくまで私の持論です)そして更にこう考えました。
 殆ど同じ構造、同じ材質構成、そして同じ塗料・・後はそれ以外の要素。その要素とは・・かつて、そんな事を日々考えつつ様々な材の乾燥法を試みていた私でしたが、ある日、煙で材木を燻し、その材で楽器を作成してその変化に気づいたのです。それは正に私にとって鳥肌ものの変化でした。そして実験を繰り返しある重大な結論に達しました。
「ストラディバリウスは薫煙乾燥材でバイオリンを作っていたんだ、間違いない」と。
 そしてそれから14年後、ある知り合いのジャーナリストの方に、この私の仮説を話したところ、後日その方から連絡が来ました。「松下さんの仮説についてですが、専門家に聞かせたところ非常に信憑性の高い説だそうです。なぜなら煙で燻した木材にニスを塗ると、その後で成分変化が起こり結果的にそのニスを検査した場合、通常のニスとは成分が異なるものとして判断される可能性が充分あり得る」との意見だったそうです。そのジャーナリストの方もかなり興奮しておられましたが、その後その件がどうなったのかは残念ながら存じておりません。
 
 最後に、これはあくまで私の想像(仮説)に過ぎませんが「おそらく彼の工房は良質材の成育した山の中にあり、そこにはきっと暖炉があったはず。そして彼はその暖炉の中に木材を収納出来るようなスペースを作って密かに薫煙をしていたのではないか?もしそうであるなら外からは全く見えなかっただろうし、誰にも気づかれなかったとしても不思議はない。きっと彼こそが世界で最も早く薫煙乾燥の効果を知り、楽器を作成した人間に違いない」と勝手に思い込んでいる次第です。
 もし、この僕の仮説が有力視されたり立証されようものなら、世の常として「実は私は昔からそうだと分っていた」と言い出す方々が出てくるのでしょうかねえ。それも楽しみです。でも、事実がどうであったかは判明されなくてもいいと思っているのが本心です。ストラディバリウスの謎は謎として存在した方が僕には素敵な事ですし、過去の出来事に対する仮説よりも、今生きている私が実際にそれを行っている事の方が重要だと考えているからです。
 果たして、私こそがこの世で2番目に薫煙乾燥材で楽器を作っている人間なのでしょうか??? これこそ、天のみぞ知る、って事でしょう。 
                            2000年 1月 tmp 松下達也